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| ジャンル | コンシューマクオリティのスパロボ |
| プレイ歴 | 配信開始日(2018/8/21)から |
| 課金 | 無課金 |
| ログイン頻度 | (ほぼ)毎日 |
気づけば、スマホの中だけで一生遊べる時代になった。
毎日のように新作ゲームがリリースされる。
そう、スマホ1台で世界が無限に広がってゆく。
あれも遊びたい。
これも遊びたい。
でも時間が足らない。
でも、いつか絶対プレイする。
だから、とりあえずログインだけしておく。
ログインボーナスをもらって、その日に備える。
……と思ってログインだけして、
気づけばサービス終了。
これ、あるあるだよね?(ぇ
そんな黄金期キッズのおいらが、
今も(ほぼ)毎日ログインしている30作品のうち1つを紹介する。
黄金期キッズなら、きっとわかる。
なぜログインしてしまうのか。
そして、なぜ“ログインだけ”になるのか。
黄金期キッズのログイン30選。
今回は――
「スーパーロボット大戦DD」。
ログインしてしまう理由:ゼロがゼロに乗るという思想事故
公式は正気か?
ガンダムWとコードギアスが交わるだけでも十分衝撃なのに、
なぜ、ルルーシュ専用ウイングガンダムゼロが存在しているんだ。
しかも、ただの色違いじゃない。
ヒイロの“無機質なゼロ”と、
ルルーシュの“仮面のゼロ”。
名前も思想も“ゼロ”同士が重なるという構造そのものが狂っている。
思想ごと融合している。
小学生の頃。
「お前を、殺す。」
あの一言で、ヒイロ・ユイという存在が完全に脳に刻まれた。
感情を切り捨てた兵士。
思春期を押し殺した少年の翼。
静かで、冷たくて、圧倒的に強い。
あれが、おいらの中の“ゼロ”の原型だった。
大学生の頃。
軽い気持ちで見始めたコードギアス。
気づけば1週間待つのが拷問になっていた。
ルルーシュは真逆だった。
怒りも弱さも抱えながら、それでも“ゼロ”になる。
撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ。
あの瞬間、また脳を焼かれた。
感情を殺したゼロと、
感情を武器にするゼロ。
その二つが、一つのウイングゼロで交わる。
これは単なるコラボじゃない。
思想の融合だ。
そして何より恐ろしいのは、
それを“自分の手で動かせる”こと。
ルルーシュ専用ウイングゼロ(リベリオン)を育て、
戦場に出し、
ツインバスターライフルを撃つ。
小学生の頃の衝撃と、
大学生の頃の衝撃が、
いま一つの機体で重なる。
これが、ログインしてしまう理由だ。
ログインだけになってしまう理由:プレイ体験が“本気”すぎる
正直に言う。
スパロボDDは、軽く遊べない。
いや、遊べなくはない。
でも、本気で楽しもうとすると、
ちゃんと向き合わなきゃいけない。
戦闘アニメも見たい。
クロスオーバーの掛け合いも読みたい。
推し機体は最高の状態で使いたい。
そう思ってしまうからこそ、
中途半端に触れない。
スマホゲーって、もっと気軽でいいはずなんだ。
ちょっとした空き時間に起動して、
片手で流して、
満足して終わる。
でもDDは違う。
起動した瞬間、
「今日は本気で向き合えるのか?」と試されている気がする。
腰を据えて、集中して、
思想事故級のクロスオーバーと向き合え、と。
で。
腰を据えるなら、
いまおいらは”スパロボY”をやっている。
コンシューマーで、
大画面で、
本気で。
だったらそっちをやる。
DDはログインして、
推し機体を眺めて、
ちょっとだけ触って終わる。
好きなんだよ。
だからこそ、雑に消化したくない。
本気でやりたい。
でも、本気でやるには、
その日のエネルギーが必要なんだ。
これが、ログインだけになってしまう理由。
スパロボDDは、軽く触れるには重すぎる。
でも、重いからこそ好きなんだ。
終わりに
スパロボDDは、スマホゲームの顔をしている。
でも中身は、どう考えてもコンシューマー級だ。
思想事故みたいなクロスオーバーを本気でやってきて、
機体も、演出も、熱量も、一切妥協しない。
だから好きだ。
でも、本気で好きだからこそ、
毎回ちゃんと向き合うには覚悟がいる。
小学生の頃に脳を焼かれたヒイロと、
大学生の頃に人生を持っていかれたルルーシュ。
その二つが交わる世界線を、
自分の手で動かせる奇跡。
それは、ログインする理由になる。
でも同時に、
「今日はそこまでできない」という日も生まれる。
大人になった今、
時間もエネルギーも有限だ。
だから、ログインだけの日もある。
推し機体を眺めて、
「ああ、ここにいるな」と確認して、
また現実に戻る。
それでもいい。
スパロボDDは、
いつでも本気を出せる場所としてそこにある。
軽く触れるには重すぎる。
でも、その重さがあるからこそ、
裏切られない。
だから今日も、
とりあえずログインする。
本気で向き合える日のために。
あの狂気とも言える思想事故を、もう一度撃ち抜く日のために。

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