
新しいニュースが飛び込んできて、はや約1ヶ月。
皆様もすでにご存知のことかとは思う。
そう、PlayStation向け新作ゲームのディスク生産が、2028年1月に終了する。
以降に発売される新作は、ダウンロード版のみの提供になるという。
これは正直、個人的には、かなりきつい。
もちろん、ダウンロード版の便利さは分かる。
ソフトを入れ替えなくていい。
品切れを気にしなくていい。
セールで安く買えることもある。
でも、それでも思ってしまう。
ゲームって、ただ起動できればいいだけだったのか。
パッケージを手に取り、棚に並べ、中古屋で偶然見つける。
あの感覚まで含めて、ゲームだったんじゃないのか。
今回は、PlayStationのディスク版終了というニュースを見て、パッケージ派として感じた寂しさを書いていきたい。
ダウンロード版が便利なのは分かる
ダウンロード版は便利。
よく分かる。
間違いないよ。
おいら自身、
ダウンロード版をまったく使わないわけではない。
むしろ、しばしば利用している。
遊びたいと思った時に、
すぐ購入できる。
わざわざ店へ行く必要もない。
売り切れを心配する必要もない。
そして何より、
ソフトを入れ替えなくていい。
これは本当に楽だ。
複数のゲームを並行して遊んでいると、
ディスクを取り出して、
ケースに戻して、
次のゲームを入れる。
たったそれだけのことなのに、
面倒に感じる時がある。
最近では、
セールでダウンロード版が安くなることも多い。
むしろ、常に何かしらのセールが行われていると言っても過言ではない。
発売日の0時から遊べるタイトルもある。
事前にダウンロードしておけば、
配信開始と同時に遊び始めることもできる。
便利さだけで考えれば、
ダウンロード版が広がっていくのは、
自然な流れなのだと思う。
だからおいらは、
ダウンロード版そのものを
否定したいわけではない。
問題なのは、
ダウンロード版も選べる未来ではなく、
ダウンロード版しか選べない未来になることだ。
便利だから選ぶのと、
それしかないから選ぶのでは、
まったく意味が違う。
おいらが不安なのは、
まさにそこなのだ。
でも、パッケージには“物として持つ”喜びがあった
ダウンロード版が便利なのは分かる。
それでもおいらは、
パッケージ版には、
パッケージ版にしかない喜びがあったと思っている。
ゲームを買う。
家に持ち帰る。
ケースを開ける。
ディスクを取り出して、
ゲーム機に入れる。
たったそれだけのことなのに、
新しいゲームを手に入れたという実感があった。
棚に並べるのも好きだった。
ずらっと並んだゲームを見るだけで、
「ああ、これを遊んだな」
「これは本当に面白かったな」
そんな記憶がよみがえってくる。
ゲームソフトは、
ただゲームを起動するためだけのものではないと思う。
思い出そのものなんだよ。
中古ショップに行って、
昔欲しかったゲームを偶然見つける。
発売当時は買えなかったソフトを、
何年も経ってから手に取る。
そんな出会いもあった。
限定版だってそうだ。
大きな箱を開けて、
設定資料集やサウンドトラック、
特典グッズを一つずつ確認する。
あの時間まで含めて、
ゲームを買う楽しさじゃん。
ダウンロード版では、
購入ボタンを押せば、
すぐにゲームが手に入る。
便利だ。
あまりに便利過ぎて実際、多用している自分もいる。
でも、
画面の中にゲームが一つ増えることと、
自分の部屋にゲームが一つ増えることは、
同じではない人も多いじゃないかな。
もちろん、ゲームは遊ぶもの。
でも同時に、
持っていたいものでもあるはず。
その感覚がなくなっていくことは、
RPG黄金期キッズにはやっぱり寂しい。
中古で買えない未来
パッケージ版がなくなるということは、
当然ながら、
中古でゲームを買うことも
できなくなるということ。
正直に言えば、
最近のおいらは、
昔ほど中古ゲームを買っていない。
だって、Amazonを見ていると、
新品が思った以上に安くなっていることが多いから。
もちろん、ソフトや時期によるところは大きいけどね。
でも、限定版が、
びっくりするような価格になっていることだってあるのよ。
だから最近は、
「中古で買わなくてもいいな」
と思うことも増えた。
GEOやBOOKOFFに行きこそすれ、
その場でAmazonの価格と見比べるのが鉄板になっている。
…でもさ、
中古で買わないことと、
中古で買えないことは、
まったく違うだろうよ。
例えば、数年前に発売されたゲームが、
ふと気になった時。
昔は買えなかったゲームを、
今になって遊びたくなった時。
ゲームショップで、
思いがけず安くなっているソフトを見つけた時。
これまでは、
そこからゲームとの新しい出会いが始まることがあった。
でも、
ダウンロード版しか存在しなければ、
価格も、
販売期間も、
すべて販売する側に委ねられる。
中古という選択肢はない。
友人に貸すこともできない。
…まぁ友人0のおいらにこれは関係ないからいいか(ぇ
遊び終わって売ることもできない。
…まぁ、遊び終わって売ったこともないからこれもいいか(ぇ
ともあれ、誰かが手放したゲームを、
別の誰かが遊ぶこともできなくなる。
ゲームが一人のプレイヤーから、
次のプレイヤーへ渡っていく。
そんな流れも、
なくなっていくのかもしれない。
説明書に書き込んである手書きのメモとか、
その人なりの主人公名をみるの好きだったんだけどな…。
中古で買える世界は、
残っていてほしかった。
使わない選択肢と、
最初から存在しない選択肢。
その差は、想像以上に大きい。
限定版はどうなるのか問題
個人的に極めて強く気になっていることがある。
限定版はどうなるの?
おいら、
ゲームそのものだけじゃなく、
設定資料集や、
サウンドトラック、
フィギュアやアクリルスタンドなどが付いた、
いわゆる限定版を買うこともある。
もちろん、
「全部の限定版が欲しい!」
というほどのコレクターではないけどね。
でも、
好きなシリーズの限定版となれば、
話は別なわけで。
欲しくなる。
出費が激しいのに欲しくなる。
では、
ゲームのディスクがなくなった未来で、
限定版はどうなるのよ。
大きな箱の中に、
設定資料集。
サウンドトラック。
その他のグッズ。
そして、
ゲーム本編のダウンロードコード。
……みたいな形になるのだろうか。
うーん、
それはそれで成立するとは思う。
実際、
おいらが限定版を買う時だって、
ディスクだけを目的に買っているわけではない。
むしろ、
限定版でしか手に入らない特典が欲しくて、
買うことの方が多い。
でもさ。
ゲームソフトの限定版なのに、
箱の中にゲームソフトそのものが入っていない。
違和感半端なくない?
いや理屈では分かるんだけどさ、
受け入れがたいムズムズ感がある。
ゲームのディスクが中心にあって、
その周りに特典が付いている。
これまでのおいらにとって、
限定版とは、
そんなものだったよ。
でも、
ダウンロード版しかなくなれば、
その関係も変わるのかもしれない。
ゲームを買ったら特典が付いてくるのではなく、
特典グッズのセットを買ったら、
ゲームのダウンロードコードが付いてくる。
そんな感覚に近づいていくのだろうか。
もちろん、
限定版という文化そのものが
なくなるとは限らない。
むしろ、
ディスクがなくなっても、
豪華な箱やグッズを欲しがる人は
これからもいると思う。
おいらも、
たぶんその一人だ。
でも、
箱を開けた中央にゲームソフトがある。
あの光景までなくなってしまうのだとしたら、
やっぱり少し寂しい。
……というか、
ダウンロードコードだけ入った限定版を買って、
そのコードを書いた紙を
大切に保管する時代になるのだろうか。
それはそれで、
なんか違うんだよなぁ。
デジタル所有への不安
ダウンロード版を買った時、
おいらは当然、
「ゲームを買った」
という感覚でいる。
お金を払って、
自分のライブラリに追加される。
いつでもダウンロードして、
いつでも遊べる。
少なくとも、
今はそうだ。
でも、
その「いつでも」は、
本当にいつまで続くのだろう。
そこが怖い。
ゲーム機の世代は変わっていく。
ストアも、
オンラインサービスも、
永遠に続くわけではない。
販売が終了しても、
購入済みのゲームは
しばらくは…いや、あえて言おう。
“当面の間は”再ダウンロードできるかもしれない。
でも、
それが10年後も、
20年後も、
30年後も続く保証はあるのだろうか。
もちろん、
パッケージ版だって完璧ではない。
ディスクが壊れるかもしれない。
本体が故障するかもしれない。
アップデートがなければ、
まともに遊べないゲームもある。
DLCがなくなれば、
すべてのコンテンツを残せるとは限らない。
分かっている。
ディスクさえ持っていれば、
未来永劫安心。
そんな単純な話ではないよね。
でも、
それでも手元には残る。
棚を見れば、
そこにゲームがある。
一方で、
ダウンロード版は、
サービスが続いていることを
どこかで信じ続けなければならない。
お金を払って買った。
確かに遊んだ。
何百時間も遊んだ。
思い出もある。
それなのに、
将来も遊べるかどうかを、
自分だけでは決められない。
この感覚が、
おいらはどうしても受け入れられない。
ゲームを買うということが、
ゲームを自分の手元に置くことではなく、
「今は遊べる状態を持っている」
という感覚に近づいていく。
そんな未来になるのだろうか。
便利なのは分かる。
何度でも言うよ。
本当に便利だ。
実際、多用している。
特にセールをみるのなんて、日課になってるくらいだよ。
でも、
好きなゲームくらい、
自分が遊びたいと思った時に、
また遊びたい。
10年後でも。
20年後でも。
急に思い出して、
「あれ、もう一回やりたいな」
と思った時に遊びたい。
おいらが欲しいのは、
そんなに難しいことではない。
好きなゲームを買って、
好きなゲームを残して、
また遊びたくなったら遊ぶ。
ただ、
それだけなんだけどな…。
おわりに
ディスク版終了の衝撃と同時に、
もう1つ。
大きな衝撃があった。
いや、
ごめん、個人的にはそれ以上の衝撃。
PS3とPS VitaのStore終了ですよ。
新規購入不可になるのは、
まだいい。
いや、
よくないけど、
いいとする。
問題はその先だ。
購入済みのコンテンツは、
当面の間は再ダウンロードできる。
当面の間。
この言葉が、
おいらは怖い。
いつまでなの?
10年?
20年?
それとも、
1年?
勘弁してくれ…。
今すぐ遊ばないゲームでも、
いつかまた遊びたくなるかもしれない。
というか、
そもそも、ゲームってそういうものじゃない?
数年ぶりに、
急に遊びたくなることがある。
昔は途中でやめてしまったゲームを、
今度こそクリアしたくなることもある。
発売当時とは違う気持ちで、
もう一度最初から遊びたくなることもある。
おいらにとって、
ゲームは一度遊んだら終わりの消耗品ではない。
何年経っても、
また戻りたくなる場所だ。
だからこそ怖い。
この問題は、
PS3とPS Vitaだけでは終わらない。
いつかPS4にも、
PS5にも、
そして将来のPS6にも、
同じ時が来るかもしれない。
もちろん、
何十年先まで同じサービスを続けろなんて、
簡単に言える話ではない。
サーバーも、
維持費も、
技術的な課題も、
いろいろな事情があるのだと思う。
それでもさ。
ゲームを買った側としては、
好きなゲームを、
また遊びたいだけなんだよ。
10年後に、
突然あのゲームを思い出した時。
「久しぶりにやるか」
そう思って、
普通に起動したい。
それだけ。
繰り返すけど、ダウンロード版は便利だよ。
認める。
これからも、
おいらはきっと買う。
でも、
便利さと引き換えに、
ゲームを残すことまで難しくなる未来は、
やっぱり怖い。
ディスクを入れ替える手間なんて、
今思えば、
大したことじゃなかったのかもしれない。
本当に怖いのは、
入れ替えるディスクすらなく、
再ダウンロードする場所まで、
いつか消えてしまうことだ。
好きなゲームを、
好きな時に、
また遊びたい。
同じ気持ちの皆様がいらっしゃることを切に願う…

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