【Life is Strange 2 クリア感想】正解を探すのをやめた先にあった、兄弟の旅と選択の物語

※当記事は広告を含みます。
※本記事は『Life is Strange 2』のネタバレを含みます。
※当記事の画像はイメージです。

『Life is Strange 2』をクリアした。

前作を遊んだ時のおいらは、正解のエンディングにたどり着きたくて、攻略サイトを見ながら選択肢を選んでいた。

でも、今回は途中から攻略を見るのをやめた。

選択肢に制限時間がある。
迷っている暇がない。
だったらもう、その時のおいらがショーンとしてどうするかを選ぶしかない。

だから、おいらはできるだけ正義を選んだ。
ダニエルには、モラルを守るように教えてきた。

人を傷つけるな。
盗むな。
力に溺れるな。
ちゃんとした人間でいてほしい。

そう思って選んできた。

でも、その先に待っていた結末には、正直かなり納得できなかった。

ショーンが背負うには、あまりにも重すぎる。
ダニエルは救われたかもしれない。
でも、ショーンは本当に救われたのか。

神ゲーとまでは言わない。

物語の都合を感じたところもある。
エンディングに納得できない部分もある。

それでも、兄として弟に何を教えるのかを選び続けたこの旅は、間違いなく心に残るものだった。

今回は『Life is Strange 2』をクリアした感想を、ネタバレありで語っていく。

目次

『Life is Strange 2』は、正解を探すのをやめて遊んだ作品だった

おいらは『Life is Strange』を遊んだ時、攻略サイトを見ながら進めていた。

理由は単純。

正解のエンディングにたどり着きたかったからだ。

取り返しのつかない選択をしたくない。
できるだけ良い結末に行きたい。
失敗したくない。

だから、選択肢のたびに攻略を確認していた。

でも、『Life is Strange 2』では途中からそれをやめた。

最初は見るつもりだった。
実際、序盤は少し見ていた。

でも、本作の選択肢には制限時間がある。

ゆっくり攻略サイトを開いて、どれが正解なのか調べて、納得してから選ぶ。

そんな時間はない。

『サクラ大戦』のLIPSみたいに、迷っている間にも時間は進んでいく。

最初はそれが少し困った。

でも、だんだんこう思うようになった。

もういい。
おいらの心のままに選ぼう。

攻略サイトが示す正解ではなく、
その場のショーンとして、
その場のおいらが納得できる選択をする。

そうやって遊ぶようになってから、
『Life is Strange 2』はかなり自分の物語になった気がする。

もちろん、それが正しい遊び方だったのかはわからない。

でも、少なくとも今回は、
「正解のエンディングにたどり着くゲーム」としてではなく、
「自分が兄として何を選ぶのかを試されるゲーム」として遊んでいた。

そして結果的に、それがこの作品には合っていたと思う。

ショーンは、常に正解を知っているわけじゃない。

父を失い、弟を連れて逃げることになり、
その場その場で判断するしかない。

だったらプレイヤーであるおいらも、
攻略サイトに答えを預けるより、
その瞬間の自分の感情と価値観で選ぶほうが自然だったのかもしれない。

『Life is Strange 2』は、正解を探すのをやめてから、
ようやく本当の意味で始まった作品だった。

ダニエルには、できるだけモラルを守るように教えてきた

おいらは、やっぱり正義を大事にしたい。

道徳とか、モラルとか。
そういうものを、できるだけ守りたい。

もちろん現実はきれいごとだけでは回らない。
そんなことはわかっている。

でも、それでも。

人を傷つけない。
盗まない。
力で押し通さない。
自分が苦しくても、できるだけ正しい方を選ぶ。

そういう生き方に、おいらは憧れてしまう。

だから『Life is Strange 2』でも、ダニエルにはできるだけモラルを守るように教えてきた。

ダニエルは特別な力を持っている。

普通の人間ならできないことができる。
相手を吹き飛ばすこともできる。
物を動かすこともできる。
その気になれば、力で状況をねじ伏せることもできる。

でも、だからこそ怖い。

力があるから使っていい。
困ったら力で解決すればいい。
邪魔な相手は排除すればいい。

そんなふうにはなってほしくなかった。

ダニエルには、強いからこそちゃんとしていてほしかった。

盗めるから盗むんじゃない。
逃げられるから逃げるんじゃない。
力で勝てるから押し通すんじゃない。

自分たちがどれだけ追い詰められていても、
超えてはいけない線はある。

おいらは、そういう気持ちで選択肢を選んできた。

たぶんこれは、ショーンとしての選択であると同時に、
おいら自身の価値観でもあったと思う。

ダニエルをどう育てるか。
弟に何を教えるか。
この旅の中で、ショーンはずっとそれを背負わされていた。

父親を失ったあと、ショーンは兄でありながら、ほとんど親のような立場になっていく。

本当なら、16歳の少年が背負うものじゃない。

それでもショーンは、ダニエルを守ろうとする。
ダニエルを導こうとする。
間違った方向に進まないように、必死に踏みとどまろうとする。

だからおいらも、できるだけ正しい兄でいようとした。

ダニエルには、モラルを守ってほしかった。

力を持った子どもだからこそ、
ちゃんと優しい人間でいてほしかった。

ダニエルはうざい。でも、9歳ならこんなものだとも思えた

『Life is Strange 2』を遊んでいて、ダニエルをうざいと感じる人は多いと思う。

言うことを聞かない。
勝手に動く。
感情的になる。
兄の苦労をわかっていない。

ショーンが必死に守ろうとしているのに、ダニエルはその重さを理解してくれない。

いや、わかる。

プレイヤーはショーンを操作している。
つまり、基本的には兄側の視点でこの旅を見ることになる。

だからこそ、ダニエルのわがままや反抗がきつく感じる瞬間はある。

「こっちはお前のために全部背負ってるんだぞ」と思ってしまう場面もある。

でも、おいらは基本的に、ダニエルをそこまで嫌いにはならなかった。

理由は単純だ。

ダニエルは、まだ9歳だからだ。

9歳なんて、こんなものだと思う。

むしろ物語に出てくる子どもキャラは、実年齢よりもずいぶん大人びていることが多い。

小学生なのに異様に物分かりがよかったり、
大人の事情をすんなり理解したり、
感情の整理が妙にうまかったりする。

もちろん、それはそれで物語として見やすい。

でも、ダニエルは違った。

ちゃんと子どもだった。

寂しがる。
甘える。
怒る。
すねる。
調子に乗る。
目の前のことに流される。

あまりにも年相応だった。

だからこそ、うざいと感じる場面があっても、
「まあ、9歳ならこうなるよな」とも思えた。

父親を突然失って、
兄と2人で逃げることになって、
しかも自分にはよくわからない力まで目覚めている。

そんな状況で、冷静でいろという方が無理だ。

ダニエルは、立派な相棒ではない。

ショーンの言うことを完璧に理解してくれる、都合のいい弟でもない。

まだ未熟で、危うくて、感情のままに動いてしまう子どもだ。

でも、その未熟さは不自然ではなかった。

むしろ、おいらにはそこがリアルに見えた。

ショーンが背負っているものは重い。
あまりにも重い。

でも、ダニエルがその重さを理解できないことも、また自然ではある。

9歳の子どもに、兄の人生の犠牲まで理解しろというのは、さすがに酷なのかもしれない。

だからおいらは、ダニエルのことを基本的には許せた。

うざい。
確かにうざい。

でも、9歳ならこんなものだ。

そう思いながら、最後まで見ていた。

ただし、カルト宗教編のダニエルだけは正直きつかった

そんなおいらでも、ダニエルをどうしても受け入れきれなかった場面がある。

それが、カルト宗教のところだ。

ここだけは正直きつかった。

もちろん、ダニエルがあの集団に取り込まれてしまうこと自体は、まだわかる。

父を失って、
兄とずっと逃げ続けて、
心も不安定なまま、
居場所がない状態が続いていた。

そんな子どもが、優しそうな言葉をかけられて、
自分を必要としてくれる場所にすがってしまう。

それ自体は、9歳なら十分ありえると思う。

だから、最初の段階では、そこまで責める気にはならなかった。

でも、ショーンと再会した後は話が別だ。

あそこまで来ても、ダニエルはちゃんとショーンの話を聞こうとしない。
目の前にいるのは、自分のためにずっと人生を削ってきた兄だ。

ショーンは、普通の人生をほとんどなし崩し的に諦めてきた。

父を失ってから、
自分の人生よりもダニエルを優先して、
ずっと守って、
逃げて、
傷ついて、
ついには片目まで失っている。

そこまでしてくれた兄が、やっと会いに来てくれたのに、
ダニエルは宗教側の空気や言葉に引っ張られて、ショーンをまっすぐ信じきれない。

あれは、きつい。

冷静に考えれば、9歳の子どもにそこまで求めるのは酷かもしれない。

ショーンがどれだけのものを失ってきたのか。
どれだけ無理をしてきたのか。
その重さを、子どもが完全に理解できるわけがない。

そんなことは、理屈ではわかる。

でも、それでもだ。

いくら9歳でも、そこは少しくらい兄を信じてくれよ。

おいらがあの場面でしんどかったのは、たぶんそこなんだと思う。

ダニエルが未熟なのはいい。
わがままでもいい。
感情的でもいい。

でも、あの局面でショーンの声が届かないのは、あまりにも報われない。

ショーンはずっと、ダニエルのために生きてきた。
なのに、そのダニエル本人にすら、その重みが伝わらない。

ここは『Life is Strange 2』の中でも、かなり苦しかった。

9歳だから仕方ない。
その理屈はわかる。

でも、おいらはここだけは、どうしても割り切れなかった。

そもそも、なぜ逃げ続ける必要があったのかは少し引っかかった

『Life is Strange 2』を遊んでいて、ずっと少し引っかかっていたことがある。

それは、そもそもショーンたちはなぜここまで逃げ続ける必要があったのか、という部分だ。

もちろん、物語の始まりとしてはわかる。

父親が警官に撃たれる。
ダニエルの力が暴走する。
現場はめちゃくちゃになる。

ショーンからすれば、もう何が起きたのかわからない。

父親は倒れている。
警官も倒れている。
弟も気を失っている。

あの状況で冷静に警察へ説明できるかと言われたら、それは無理だと思う。

だから、最初に逃げ出してしまうこと自体はわかる。

でも、問題はその先だ。

物語が進むにつれて、だんだんこう思ってしまった。

結局、ショーンは何の罪でここまで追われているんだろう。

もちろん、逃亡中に車を盗んだり、いろいろなことはしている。
完全に何もしていないとは言えない。

でも、それは逃げた後の話だ。

最初の事件で、ショーン自身が明確に何か重大な罪を犯したようには、おいらには見えなかった。

ダニエルが力を使って警官を殺してしまった。
そういう話なら、逃げるしかないのはわかる。

ショーンが喧嘩相手を殺してしまった。
そういう話なら、ショーンが逃げたくなるのもわかる。

でも、あの場面では何がどうなったのかがかなり不明瞭だ。

誰が何をしたのか。
ショーンにどこまで責任があるのか。
そもそも、ちゃんと説明すればどうにかなった可能性はなかったのか。

そのあたりが、最後まで少しぼやけていた。

もちろん、これは「逃げる物語」を成立させるために必要な導入なのだと思う。

ショーンとダニエルが旅をする。
行く先々で出会いと別れを経験する。
兄が弟を守りながら、アメリカを南へ進んでいく。

その物語を始めるためには、2人が逃げ出す必要がある。

それはわかる。

でも、おいらはどうしても、そこに少しだけ物語の都合を感じてしまった。

ショーンは悪人ではない。
少なくとも、おいらが操作してきたショーンは、できるだけ正しくあろうとしていた。

それなのに、最初の事件の不明瞭さによって、彼の人生がどんどん壊れていく。

そこに納得しきれないものがあった。

この違和感は、後のエンディングにもつながってくる。

ショーンがどれほどの罪を背負っているのか。
その重さがはっきりしないまま、物語は進んでいく。

だからこそ、最後に待っている結末を見た時、
おいらは素直に受け入れられなかったのだと思う。

正義を選んだ先の「ショーン15年服役」は、あまりにも重すぎる

おいらは、できるだけ正義を選んできた。

ダニエルには、モラルを守るように教えてきた。
人を傷つけない。
盗まない。
力に溺れない。
どれだけ追い詰められても、超えてはいけない線はある。

そう思って、なるべく正しい選択をしてきた。

でも、その先に待っていた結末が、ショーンの15年服役だった。

正直、これはまったく納得できなかった。

いや、ショーンが完全に何の罪も犯していないとは言わない。

逃亡中に車を盗んだり、法的に見ればアウトなこともしている。
結果的に、警察から逃げ続けたのも事実だ。
そういう意味では、何かしらの責任を問われるのはわかる。

でも。

それで15年なのか。

長すぎないか。

おいらが納得できなかったのは、そこだ。

ショーンが最初の事件で、明確に重い罪を犯した描写は基本的にない。

父親は警官に撃たれた。
ダニエルの力が暴走した。
現場が混乱した。

でも、ショーン自身が何をしたのか。
ショーンにどれほどの罪があるのか。

そこは、かなりぼやけている。

もちろん、現実の法律や裁判を細かく考えれば、いろいろな罪が積み重なるのかもしれない。

でも、おいらは法律解説ゲームを遊んでいるわけではない。

ショーンとして旅をしてきた。
弟を守るために逃げてきた。
なるべく正しくあろうとしてきた。

そのプレイヤー感覚からすると、15年という罰はあまりにも重すぎた。

ダニエルは助かった。

それはわかる。
そこは救いだったと思う。

でも、こちらはショーンを主人公として操作してきたのだ。

おいらが見てきたショーンは、悪人じゃない。

普通の人生を奪われて、
父親を失って、
弟を守るしかなくなって、
行く先々で傷ついて、
それでもできるだけ正しくあろうとした少年だ。

そのショーンが、15年も刑務所に入る。

10代の終わりから、20代のほとんどを奪われる。

これは、重い。

重すぎる。

しかもそれが、モラルを守った先にある結末だというのが、なおさら苦しい。

正しいことを選んだ。
弟にも正しくあれと教えた。
最後には自首した。

その結果として、ショーンの人生が15年削られる。

それは本当に「正しい結末」なのか。

おいらには、どうしてもそう思えなかった。

たぶん、このエンディングは美しい。

ダニエルは普通の生活に戻れる。
ショーンも罪を受け入れる。
兄として、最後まで弟を守りきる。

そういう意味では、きれいな結末なのかもしれない。

でも、おいらはきれいだとは思えても、納得はできなかった。

ショーンが背負うには、あまりにも重すぎる。

正義を選んだのに、ショーンは救われた気がしない。

そこが、未だに心の重しになっている。

おいらにとってのベストエンドは、このゲームの中にはなかった

『Life is Strange 2』のエンディングは、どれも簡単には割り切れない。

たぶん、それがこの作品の狙いなのだと思う。

正義を選べば、ショーンは15年を失う。
逃げ切ろうとすれば、モラルを犠牲にする。
ダニエルの判断に任せれば、兄弟の道は分かれるか、最悪ショーンが死ぬ。

どれを選んでも、何かを失う。

それはわかる。

人生は都合よくいかない。
罪も、選択も、逃亡も、全部なかったことにはできない。

そういう苦さを描きたかったのだと思う。

でも、それでもおいらは思ってしまう。

おいらにとってのベストエンドは、このゲームの中にはなかった。

ショーンが自首するエンディングは、道徳的には一番きれいなのかもしれない。

ダニエルは普通の生活に戻れる。
兄として、弟を守りきった形にも見える。

でも、ショーンが15年も服役するのは重すぎる。

こちらはショーンとして旅をしてきた。
ショーンの苦しさを見てきた。
ショーンがどれだけ自分の人生を削ってきたのかを知っている。

だから、あの結末を素直に「よかった」とは思えなかった。

一方で、プエルト・ロボスへ突破するルートには、感情として惹かれるものがある。

ここまで奪われ続けたショーンが、最後くらい弟と一緒に逃げ切る。
誰にも引き裂かれず、兄弟で生きていく。

そういう結末を見たい気持ちは、正直かなりあった。

でも、そのためにはモラルを犠牲にする必要がある。

警察を突破する。
ダニエルの力で押し通す。
正義や道徳を大事にしたいおいらとしては、そこにどうしても引っかかる。

だから、心から喜べない。

そして、おいらが一番好きだった流れは、ショーンが自首しようとするのに、ダニエルがそれを許さず、一緒に突破しようとする展開だった。

あれはかなり好きだ。

ショーンは最後まで正しくあろうとする。
でもダニエルは、兄を失いたくない。

まだ9歳だからこそ、モラルよりも兄を選んでしまう。
その未熟さなら、おいらはまだ許せる気がした。

大人のショーンがモラルを捨てるより、
子どものダニエルが兄を失いたくなくて暴走する方が、感情としては受け入れやすかった。

でも、その先にあるのはショーンの死だった。

それは違う。

おいらが見たかったのは、そこじゃない。

ショーンには、最後まで正しくあろうとしてほしかった。
ダニエルには、兄を選んでほしかった。
そして2人には、生きていてほしかった。

でも、このゲームはその結末を用意してくれなかった。

正義を選んでも、ショーンは救われない。
兄弟を選んでも、モラルが壊れる。
ダニエルの兄への想いに賭けても、ショーンが死ぬ。

だから、おいらにとってのベストエンドはなかった。

それは不満でもある。

でも同時に、この作品らしさでもあるのかもしれない。

『Life is Strange 2』は、都合のいい救いをくれる物語ではなかった。

兄弟の絆は美しい。
でも、美しいだけでは済まされない。

選んだものの裏側で、必ず何かが失われる。

その苦さが、この作品のエンディングには残っていた。

母さんと再会したなら、一緒に逃げたかった

もうひとつ、どうしても引っかかったことがある。

それは、母さんと再会した後の流れだ。

ショーンとダニエルは、旅の途中で母親のカレンと再会する。

もちろん、いきなり理想の母親として受け入れられるわけではない。
そもそもカレンは、かつて家族のもとを離れた人だ。

ショーンからすれば、簡単に許せる相手ではない。

それはわかる。

でも、それでも思ってしまった。

母さんと会えたなら、一緒に逃げたかった。

もし最後まで母さんに会えないままだったなら、まだわかる。

母さんが死んでいた。
あるいは、どこにいるのかもわからなかった。
だから兄弟2人だけで逃げるしかなかった。

そういう話なら納得できた。

でも、実際には再会している。

しかもカレンは、最終的にまったく情がない人として描かれているわけではない。
完璧な母親ではない。
都合のいい保護者でもない。
でも、ショーンとダニエルを気にかけていないわけではない。

だったら、ここからは大人も一緒に背負ってくれよと思ってしまった。

ショーンはまだ16歳だ。

父親を失ってから、ずっと弟を守ってきた。
本来なら大人に守られる側の少年が、弟の親代わりみたいな役目まで背負ってきた。

それなのに、母親と再会した後も、結局は兄弟2人で進むことになる。

ここに、おいらは少し物語の都合を感じてしまった。

もちろん、『Life is Strange 2』はショーンとダニエルの物語だ。
兄弟2人の逃避行だからこそ、この作品の形がある。

母親が同行してしまったら、作品の構図が変わってしまう。
ショーンが背負ってきたものの重さも、少し変わってしまう。

それはわかる。

でも、プレイヤーとしては思ってしまう。

いや、ここで大人が出てきたなら、もうショーンだけに背負わせるなよ。

ショーンはずっと頑張ってきた。

弟を守って、
自分の人生を削って、
普通の未来を失って、
それでも前に進んできた。

そこに母親が現れたなら、せめて最後くらい、ショーンの荷物を少しでも持ってほしかった。

兄弟2人の物語としては、美しいのかもしれない。

でも、おいらはショーンを操作してきた。

ショーンのしんどさを見てきた。

だからこそ、母さんと再会したなら、
兄弟だけでなく、母さんも含めて逃げたかった。

それが正しいかどうかはわからない。

でも、ショーンを少しでも救う道として、
おいらはその可能性を見たかった。

『Life is Strange 1』とのつながりを感じられたのはうれしかった

『Life is Strange 2』は、基本的にはショーンとダニエルの物語だ。

マックスとクロエの物語ではない。
アルカディア・ベイの物語でもない。

だから、前作とのつながりを過度に期待して遊ぶ作品ではないと思う。

でも、それでも。

終盤で『Life is Strange 1』とのつながりを少し感じられたのは、素直にうれしかった。

ほんの少しでも、前作の出来事がこの世界に残っている。
あの選択の先に、誰かの人生が続いている。
そう感じられるだけで、シリーズものとしての手触りが増す。

おいらは『Life is Strange 1』のエンディングに関して、正直そこまで好きじゃないルートもある。

特に、マックスとクロエが台風を受け入れて、
そのまま街を去っていくように見える流れは、
個人的にはあまりしっくりきていない。

クロエを選ぶのか。
街を選ぶのか。

あの選択自体が重いのはわかる。
でも、感情として飲み込みきれないものもあった。

だから、『2』で前作の気配を感じた時も、単純に全部を肯定できたわけではない。

それでも、うれしかった。

『Life is Strange』の世界は、前作で終わったわけではない。
誰かが選んだ結末の先で、別の誰かの旅が続いている。

ショーンとダニエルの物語の中に、ほんの少しだけマックスとクロエの残響がある。

そのくらいの距離感が、ちょうどよかった。

メインの物語を邪魔するほどではない。
でも、前作を遊んだ人なら気づける。

こういうつながりは好きだ。

『Life is Strange 2』は、前作とはかなり違う作品だった。

舞台も違う。
主人公も違う。
物語の形も違う。

それでも、同じ世界のどこかで起きている物語なんだと感じられた。

そこは、前作を遊んできた身として素直に良かったと思う。

操作性は前作より遊びやすく、物語を追いやすかった

システム面で言えば、『Life is Strange 2』は前作よりかなり遊びやすく感じた。

もちろん、基本は会話をして、周囲を調べて、選択肢を選んでいくアドベンチャーゲームだ。

派手なアクションがあるわけではない。
難しい操作を要求されるわけでもない。

でも、前作と比べると、細かい部分でストレスが減っていた気がする。

キャラクターを動かす感覚。
調べられる場所のわかりやすさ。
会話やイベントへの入り方。
物語のテンポ。

そういうところが、全体的に遊びやすくなっていた。

おいらはこの手のゲームでは、操作そのものよりも物語に集中したいタイプだ。

どこを調べればいいのかわからない。
キャラの動きが重い。
同じ場所をうろうろして、変なところで詰まる。

そういう時間が増えると、どうしても物語への没入感が切れてしまう。

その点、『Life is Strange 2』は比較的スムーズに進められた。

もちろん、選択肢の制限時間には最初戸惑った。

でも、それも慣れてくると、ショーンとしてその場で判断している感覚につながっていたと思う。

じっくり攻略サイトを見て正解を探すのではなく、
その瞬間に、自分の心で選ぶ。

そういう遊び方に自然と寄せられたのは、結果的によかった。

物語に対して納得できない部分はある。
エンディングにも引っかかりはある。

でも、ゲームとしての遊びやすさは素直に良かった。

前作よりも操作しやすく、
余計なストレスが少なく、
ショーンとダニエルの旅を追いやすかった。

そこは『Life is Strange 2』の良かった点だと思う。

終わりに:神ゲーではない。でも、心に残る旅だった

いろいろ書いてきたけれど、『Life is Strange 2』はとても楽しかった。

ただ、おいらの中で神ゲーかと言われると、そこまではいかない。

理由は、やっぱり納得できない部分があったからだ。

そもそもなぜ逃げ続ける必要があったのか。
ショーンが15年も服役するほどの罪を背負う必要があったのか。
母さんと再会したのに、なぜ最後まで兄弟2人だけで進む形になったのか。

物語の都合を感じたところは、正直ある。

特にエンディングは、おいらにとってしっくりくるものがなかった。

正義を選べば、ショーンは15年を失う。
兄弟で逃げ切ろうとすれば、モラルを犠牲にする。
ダニエルが兄を選ぶ流れは好きだったけれど、その先に待っているのはショーンの死だった。

どれも苦い。

おいらにとってのベストエンドは、このゲームの中にはなかった。

でも、それでも。

ショーンとしてダニエルに何を教えるのか。
兄として、どこまで弟を守るのか。
正しさを選ぶのか。
兄弟の絆を選ぶのか。

そのひとつひとつを考えながら進めた時間は、間違いなく心に残っている。

攻略サイトを見て正解を探すのではなく、
その場その場で、おいらの心のままに選んだ。

だからこそ、納得できない結末も含めて、これはおいら自身の旅だったのだと思う。

ダニエルにはイラッとする場面もあった。
カルト宗教編では、さすがにきつかった。
それでも、9歳の子どもとして見れば許せる部分も多かった。

そして何より、ショーンだ。

普通の人生を突然奪われて、
父を失って、
弟を守るために逃げ続けて、
それでもできるだけ正しくあろうとした。

ショーンの人生は、あまりにも重い。

だからこそ、おいらは最後までショーンを救いたかった。

その願いが完全に叶ったとは言えない。

でも、だからこそ忘れにくい。

『Life is Strange 2』は、おいらの中で神ゲーではない。

だけど、心に残る作品だった。

納得できない。
でも、忘れられない。

そんな兄弟の旅だった。

なお、

次回作も、もうインストール済みだ。

このシリーズが次にどんな物語を見せてくれるのか。

文句を言いながらも、次の人生に想いを馳せている。


次に読むなら|すべての始まりへ

ショーンとダニエルの旅を見届けたあと、シリーズの原点へ戻りたい人へ。おいらが次にすすめたいのは、時間を巻き戻せても消えない後悔を描いた、マックスとクロエの物語だ。

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